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昔の角丁物語
鋳物用銅合金地金は、今ではインゴットと呼んでいますが、一昔前は角丁(かくちょう)とか丹尺と言いました。青銅インゴット=砲金角丁なのでした。

昭和30年代のはじめまでは、青銅スクラップやダライ粉は、主としてそのまま鋳物用に使われていましたから、角丁は鋳物工場では用いられない原材料を精製して作るのが建て前でした。

銅滓を陶汰したユリ味(たまがね)やノコ粉、ヤスリ粉、グラインダー粉なと、鋳造工場において溶解時または、後処理作業で発生する副産物が、角丁の原材料であつたのです。もっとも、戦後に到って、砲金ダライ粉も用いるようになりました。

大阪では陸軍の造兵廠や、呉の海軍工廠など、陸海軍の工場から良質の銅滓が入手できました。軍の工場で生産する銅合金鋳物は、すべてサラ合せでしたから、これらの原材料で作った角丁は誠に良質の地金となり、好評を得ておりました。現在の角丁の主原料となり難い、こういう原材料を使って、どうしてサラ合せに匹敵する地金ができるのか、これはひとえに、当時の角丁の製法に源があったのです。

以下、ご参考までに、一昔前の角丁の製法をご紹介してみましよう。

*サラ合せ*
基本的に銅・錫・亜鉛など単体の金属地金(またはスクラップ)で配合した製品。新合せ、皿合せとも書く。


大吹のあらまし
図(1)
大吹の吹き場

図(1)は、昭和初期から中期にかけて用いられた吹場(溶解炉)です。この精錬方法は、大阪では「大吹・おおぶき」と称し(別名「おとし吹」とも云う)銅製錬では「眞吹・まぶき」と云われます。溶解炉は正式には床または日本床と称し、大阪では正味床と云われました。

燃料は木炭で、工業用松の白焼炭を用いました。この木炭は古来砂鉄のたたら精錬にも用いられ、火力は抜群です。溶解量は1吹100kg〜150kgで、これに対する木炭は4貫匁(15kg)俵を1.5〜2俵要します。

作業者は「吹大工」(主役)と「付け」(助士)の2人で、早朝3〜4時から作業を開始し1吹約30分、1日12回行ない、ほぼ正午頃に終了するのが建て前で、午後は床と羽口を取付け、その日の作業を終ります。溶解作業の苦しさは、後述しますが現在の反射炉や電気炉による溶解の比ではありませんでした。

戦中、戦後の一時期には、工業用炭の入手が困難となり、火力を補強するために、ガスコークスまたはピッチコークスを混焼することも行なわれました。また、ある時期には自動車(代燃車)用薪を併用したこともあり、物資の乏しい時代に於ける燃料の確保の苦心は、並大抵なことではなかったのです。
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熔解方法
<床と羽口>
床はるつぼ状の穴となっていて、素灰(炭粉)を煉土と水で練って床を固めます。羽口は正面を向き、口径は約8p位で、耐火煉土で固め、オッパイ形の半円状で正面に向けて張出しており、羽口の風向は、床の対岸の角に、上下各々1/2または上1/3下2/3位に、風が当るように定めます。

吹大工によってそれぞれ流儀があったようで、羽口の付け方次第で溶湯のわき方、つまり溶解温度が定まりますから、角丁の品質や溶解歩留りに大きな影響を与えます。正に吹大工の腕の見せ所です

羽口のつけ方がまずいと途中で落ちてしまうことかあります。羽口なしでは送風が出来ませんから、やむを得ず真っ赤に焼けた火床に入り込んで煉土で補修しなければなりません。昔の溶解士は、このような作業を平気でこなしていたのでした。
(図2)
熔解作業の絵

<熔解方法>
まず種火を床に入れ、木炭を盛り上げて送風を開始し、次いで原材料を木炭の上に盛り上げます。ヤスリ粉、グラインダー粉のような細かいものは、飛散しないように煉土と生石灰を混ぜて壁土状に練り、木炭の山の斜面に壁を塗るように固定するのです。途中で崩れる原材料は、たえず盛り直し、羽口の上部の木炭が減ってくると、これを補充します。

(図2) 火力が上がってくるにつれて、盛り上げた原材料は木炭の間隙を通過して熱せられ溶けて床に溜ります。品質のよい原材料は、酸化しないように一気に下ろし、アルミニウムのような有害不純物を含む原材料は、不純物を酸化させるために、ゆっくり下ろします。

ゆっくり下ろすときは、黄銅系の材料(例えば伸銅工場の真鍮滓のユリ味など)を配合しておきます。黄銅系材料は渋い(関西の方言で「しぶとい」という)といわれ、亜鉛がある程度燃えないと下りない、つまり木炭中での滞在時間が長くなるわけで、その間に不純物を酸化させようという狙いがあったのです。

海軍工廠ではプロペラ用に高力黄銅が用いられていたので、工廠から発生する銅滓にも高力黄銅が混入しておりました。従って、大吹で高力黄銅に含まれるアルミニウム、マンガンおよぴ鉄などの不純物を除去するには、大変苦心したのではないかと思われます。なぜなら、その時代には、まだ精錬用フラックスは無かったからです。

しかしながら、吹大工はさまざまな工夫をこらして立派に精錬をしてきました。
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羽口の手入れ
(図3)
羽口の手入れの絵

送風を開始しておよそ15分もすると、木炭は白熱状態になってきて、火力も大いに上がり、原材料はどんどん溶け落ちてゆきます。溶け落ちてゆく途中で、地金は強風と木炭の作用で酸化と環元が行なわれ、一方、熱気は容赦なく作業者を襲うようになります。

この時期に、羽口の付着物を、針(はり)と称する工具で除去する作業を行なうのです。針を入れる作業は、正に大吹におけるハイライトと云うべきでしようか。アルミ製防熱服など無い時代でしたから、吹大工は頭のてっぺんから足元まで全身を手拭や布製の前垂れなどで覆い、強烈な熱風に立向います。

日本床は構造が簡単ですが、羽口の周辺に地金が付きやすいのです。溶解中に羽口に地金が付くと、燃焼音に変化が現われるので、吹大工は音の変化をいち早く聞き分けて、速かに固まった地金を除去しなければなりません。
判断を誤ると、温度が低下して歩留りが下ります。この間、送風は継続したままなので、熱風は吹大工目がけて襲いかかり、白熱した木炭の破片も飛んでくる、壮絶とも云える光景を繰り広げるのです。(図3)
羽口の手直しが終ると、速かに残つた木炭を盛り直し、大吹は最後の追込みに入って行きます。
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除滓と出湯
(図4)
あかとりの絵

木炭中に地金が残っていないことを確認すれは、送風を停止し、水を撒いて木炭を除き、除滓を行います。

大吹では滓(ドブという)は水飴状となっているので、床の手前にわら灰を敷き、短い松の半丸太を取付けたドブ掻きですばやく掻き出します。地金を含まない、よいドブを作るのは、吹大工の溶解技術の水準を示すものとされていました。(図4)

出湯は、付人が素灰を塗った鉄杓で溶湯をくみ出し、角丁の鋳型に注湯します。(図5)この間、激闘30分、現在の溶解作業と比較すると想像を絶する苛酷な作業であったことがお判りいただけると思います。

大吹は木炭(炭素)と強風(酸素)の中で溶解が行なわれます。従って、酸化と環元が同時に行なわれるので、酸化物の非常に少ない純良な地金が得られるのです。

BC-6相当の青銅ダライ粉をるつぼ炉で溶解すると、溶解歩留はおよそ95%位ですが、大吹で溶解すると、溶解歩留は85%に達しようかという低さです。その代りにできた地金はサラ合せに匹敵する程品質は良くなっています。

(図5)
  鋳込みの絵



大吹は元来、銅鉱石から銅を得る製錬法でしたから、酸化物を金属に還元することができて、ある程度の不純物を酸化させて除去することも可能です。

ところが近年、アルミニウム青銅またはその他の新しい鍋合金が実用化されるに到り、これらのスクラップが青銅原料に混入する機会が多くなってきました。大吹による精錬に限界がやって来たといえましようか。それに、余りに苛酷な熱作業を要求されることや、生産性の低いことが、大吹を過去の時代に追いやったのです。


大吹に代る優れた精錬方法は、いかにあるべきか。その一つの方法として、私達は反射炉を用いて、溶湯を生松丸太で激しく撹拌する方法を採用しています。(詳しくはイクチの製法へ) 同時に純良なスクラップ原料を加えることによって地金の若返りを計り、大吹時代に劣らない品質のインゴットを作ることを心掛けているのです。

「銅合金インゴットは、単にスクラップを溶かして固めたものであってはならない」
というわが社の信念は、大吹で砲金角丁を作った歴史から生まれたものなのです。

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